消しゴムの使い道⑭

 今回の一連の騒動においても、得たものがある。
 不思議な経験というのは人生の教えを学ぶのには適しているのかもしれない。それに関して私は不思議体験を二度しか経験していないから何とも言えない。おそらく、不思議ゆえによく考え、頭に残るものだからなのだろう。
 今回の教訓、大きいと思っていたものも、さらに大きいものを見たり聞いたり経験したりすると小さく思える。
 私は大舞台における緊張がどうのと思っていたが、世界には比べものにはならないほどの緊張感があるようだ。おそらくそれは、ただ見知っているからといって得られる教訓ではないはずだ。いや、教訓自体は得られるのかもしれないが、その本質を見抜くことはできないのであろう。
 緊張感のある現場なんてものの存在は知っているはずなのだから。
 それはノンフィクションのドラマ、映画を見ても知れるはず。戦争のことがいい例だ。
 しかし、戦争をいくら悲惨だと思えても募金をする人は多くない。感じるまでには至れていないからだろう。
 運がいいのか悪いのか、私はそれほどの緊張感を味わった。
 それを考えると、自分の緊張が小さいものに思った。いや、思えた。
 そのおかげといってはなんだが、私の怖いものはなくなった。
 
 それともう一つ、皆様に伝えたいのはどちらかといえばこっちだ。
 上にある教訓を得られたのは、あの場に実物が無かったとはいえ、消しゴムのおかげである。
 つまるところ、私の一番の弱点であった緊張しいを克服することに間接の間接的に一役買ったということである。
 この世界、何が起きるか分からない。
 消しゴムに救われることもある。
 消しゴムの使い道は「失敗を消すこと」?「無論消すため」?
 もちろんそれは正解である。だが、それだけとは限らない。
 私が今、使い道を聞かれたならばこう言うだろう。
 「答えは多々あるんじゃない?しかもそれは、人生を変えるほどの大きな答えもある」
 そうなりゃラッキーだ。と、付け加えるかもしれない。
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消しゴムの使い道⑬

 とうてい洋食屋には見えない、さびれた自称洋食屋に入り、小島と魚田はAセットを注文していた。
 なんでも、ここのコンセプトは「はやい、やすい、うまい」だそうだ。洋食屋でこの三拍子を掲げて営業をしているのは、ただ一つ、ここであろう。
 
 魚田「本当に、いい店なのかここは」
 小島「そんな不安がらないでくださいよ。僕のおすすめする良質なお店です」
 魚田「お前、だってここ、築何十年なのよ?かなりガタがきてるようにしか見えないけどな」
 小島「飲食店に求めるものはお店の内装ではなく、味じゃないですか。はやい、やすい、うまいの他に、多いも含まれるくらいに素晴らしいところです。僕が一目ぼれして連れてきてもらったところですから」
 魚田「一目ぼれしたなら自分で来いよ」
 小島「まあそれはそれ、成り行きとしてですよ、ね」
 魚田「そしてそのコンセプト、三拍子プラス多いってのは」
 小島「品がない」
 
 新しく入ったのか、主人の娘で手伝いしているのかは知らないが、見たことのない若い女性が、小島たちのテーブルの注文をとりにきた。小島がA定食を当たり前のように頼むので、魚田もそれにつられて「同じので」と言う。
 少しすると、定石からだいぶ外れたタイミングでプラスチック製のコップに入った水がやってきた。例の若い女性店員が、こちらに運ぶまでの間にお盆をひっくり返すという荒業を、二度も成し遂げたからであった。

 魚田「大変だったみたいだな、お前も」
 小島「いや、魚田さんに比べたら」
 魚田「おいおい、どうして俯くんだ」
 小島「いやぁ、だって顔面に拳入れちゃったし」
 魚田「いや、それ俺じゃないし」
 小島「え。それじゃあ全然大変じゃないですやーん」
 魚田「大変だったけどな。俺の大変さ否定したわけじゃないからな」
 小島「聞いてくださいよ。色々あったんですから」
 魚田「…。今日だけ聞くよ、今後その話はできなくなるわけだからな」
 小島「なんで」
 魚田「さっきマスターってやつが言ってたろう。このことは他言無用って」
 小島「じゃあ、筆で語りますわ」
 魚田「やめとけ、そっちの世界では有名らしいんだから」
 小島「…じゃあいいか」
 魚田「え、聞きたいけど」
 小島「いやいい。他に話せないなら別にいらない」
 魚田「いやいやいや、聞きたいけど」

 笑顔だけが光る若い女性店員が「A定食です」と言いながらご飯、味噌汁、ハンバーグとサラダの乗った皿を置いていく。プルプルと震えているのが、小島らの緊張を解かせない。
 「ごゆっくりどうぞ」
 できるか。

 魚田「確かに、はやい、やすい、多いだな。うまいかはまだわからんが」
 小島「もう満足ですか」
 魚田「そんなわけないだろう。まだ口つけてないんだから」
 小島「ハハッ。そらそうですよね」
 魚田「なんだよ」
 小島「いや、思い出し笑いですよ」
 魚田「…なあ、どうして急に俺の番組に出ようとしたんだ?」
 小島「だから」
 魚田「伊達正宗がどうのってか」
 小島「じゃあ、奇跡体験アンビリーバボーです」
 魚田「他局」
 小島「じゃあ、美女たちのターニングポイント」
 魚田「他局。美女違う」
 小島「グータンだって他局でしょ」
 魚田「緊張しいで芸人だったお前が、辞めたと思ってたら忘れたころにやってきたんだ」
 小島「それは魚田さんしかテレビに呼んでくれなかったから」
 魚田「馬鹿野郎、才能をみすみす見逃すか」
 小島「…裏切られてきたんです、昔の相方に。だから他の職をさがした」
 魚田「そうだったのか」
 小島「その後の職でも何度か裏切られた。けど気づいたんです。いや、気づかされたかな」
 魚田「それは何を」
 小島「角度を変えてみないとわからない。主観だけでは勘違いが生まれるんです」
 魚田「ほう」
 小島「その教訓を得るためにアンビリーバボーな体験をしましたよ」
 魚田「他局」
 小島「ターニングポイントでした」
 魚田「他局」

 「お待たせしました」という声がして魚田は目を大きくした。無理もない、初めて来た人は確かにびっくりするだろう。「二皿目です」は。
 野菜炒めの皿を置く女性の表情は、例によって笑顔だ。
 それは、魚田には悪魔に、小島には天使にみえたことだろう。

消しゴムの使い道⑫

 カツカツと靴の音が鳴り響く。こんな時に、陳腐にも孤独を感じてしまう。そして、そんな自分に笑ってしまう。
 「俺はいつだって孤独だったはずさ」、孤独以外知らないのにな。
 運命を決められて、後から本名が追ってきた。お前の本名は〇〇だったぞ、と。
 人類皆そんなようなものなのかもしれない。しかし、十五になって、様々な教育を受けてから本名を知る人はそうそう多くはないであろう。
 本名を初めて聞いた瞬間、その教育を駆使して教育者を消して見せた。そして、行き場も失った。
 それから偶然ハンスという男に出会い、仕事を受けていくうちに二つ目の名前をもらった。ハンスとの関係はこんなもの。もしもハンスが経理の人間などであったならば、俺とハンスとの縁はなかっただろう。施された教育を使える仕事でよかったと、今は思える。
 靴音が途絶えた。立ち止まったから。扉を見ても、地面を覗いても、空を仰いでも、何もいない。皆休みに入ったのだろうと思う。体躯から這い出て休んでいるんだ。
 ここに来たのは、なぜだ、という情念からもう一人魂を解放してやろうと思った。
 
 アメ 「…ハンス」
 ハンス「おお、アメか。どうした急に」
 アメ 「その鼻のガーゼは?」
 ハンス「おお、仕事だ。大きな仕事」
 アメ 「そうか」
 ハンス「ああ」
 アメ 「なぜだ」
 ハンス「ああ?」
 アメ 「なぜ、そんな仕事を引き受けたんだ」
 ハンス「…分かってるのか」
 アメ 「何が」
 ハンス「……競争だよ」
 アメ 「つまるところ」
 ハンス「こっちまで仕事が回らなくなっちまった」
 アメ 「私怨か」
 ハンス「ああ」
 アメ 「くだらない」

 鼻の傷を見ていると、あの男の言葉が蘇る。
 「てめえが『消しゴムの使い道を語れ』とか言うからこんなことに巻き込まれちまったじゃねえか!!」
 アメは鼻で笑った。

 アメ 「一つしかねえやな、そんなの」
 スッと音もなくナイフを取り出す。
 アメ 「無論、消すため」

消しゴムの使い道⑪

 どぶの中のようなところで生まれ育った。彼もそんなようなものだったはず。
 そんな、私の生まれたどぶから、彼に電話をする手はずになったのは、致し方ないことであった。そう思わざるを得ない、というより、そうでなければやっていられない商売ではある。ただ、私にも罪悪感はあるのだ。
 電話にてアメを呼び出す。そして、自分も一足早く例のテラスに向かった。五秒の間を空けさせたのは、完璧に声を変えるためだ。決してばれてはならない。
 私は予定よりもだいぶ早くテラスに着いた。着いたはいいが、そこは思いもがけない状況になっていた。テレビクルーが何やら動いているのである。
 テレビというメディアの象徴的塔がいるとなると、この後に私がやろうとしていることなどできるはずもない。無料でスクープを与えているようなもので、すぐに報道され、ことは大きくなっていくばかりである。業界にも影響を与えることはまず間違いないであろう。
 さらに驚くべきことに、そのテレビの出演者はあの小島さんである。小島さんというのは、大舞台を好まず、小さな舞台で活躍し、かつ大物の器、素質を持ち合わせている芸人である。ここまで私が褒めることは珍しく、まずないであろう。つまりは、ファンなのである。
 だから私にとっては二重の意味で、ここでドンパチやるわけにはいかないのだ。
 私は、コードネーム『カメレオン』と言われたるが所以、変装をしてテレビクルーをこの場から追い出そうと試みた。
 陰で魚田という男を捕まえ、ロッカーに閉じ込めて自分がクルーを操作する。はずだった。
 いったんクルーと共にその場を離れ、適当な理由をつけて自分だけ帰ってくる。
 そこで見たのは、鉄のテーブルを盾にしてドンパチをいち早く繰り広げているフィールド。盾から大男が顔を出したときはびっくりした。あんな奴がいるのか、と。
 ブブブ。ブブブ。
 先ほどからメールが届いているようだ。ちい、と舌打ちをしながら私は、弾が飛び交うフィールドを無視して携帯を開く。正直言って、携帯の振動を気にしつつアメと対峙することなどできやしない。
 『今どこにいますか。 マスター』
 ああ、今日はカメレオンとして集合がかかっていたのであった。と、その時思い出す。それほどまでに心が乱れていたのであろう。
 カコ、カコ、カコ
 『すみません、もう少し待ってください』
 素早くメールを返す。
 グエッ。グアッ。仲間が二人やられていく。
 「本気を出すか。長期戦だ」と意気込み、文字通り長い沈黙が辺りを包む。そして、沈黙を破るようにチャルメラが響く。
 どこのどいつだ、と思うと同時に自身の携帯の着信音であったことに思い至る。ディスプレイには『マスター』。
 出ざるを得ない。
 ピッ、「もしもし」
 普通に出たつもりであった。気をつけたのは普段の自分の声でないようにしたことだけ。魚田の声で出てしまったのが失敗であったのであろう。
 「この野郎ぉ!!そこにいるのは魚田じゃねえか!」
 も、もしやあれは、小島さん。
 驚いているうちに小島さんに殴られ、鼻をへし折られて計画を断念。ドロンした。
 そういえば、アメの姿を見ていない。
 アメは本当にいたのであろうか。いや、いなかったのではにだろうか。


 CASE:ハンス=カメレオン

消しゴムの使い道⑩


 ひと段落着いたら、周りに急に特殊な、それでいて誰とも被らないような雰囲気を有した人たちが現れて囲んだ。この一区画を封鎖し、様々な処理をし始めた。倒れこんだ人たちを運び、弾が当たってへこんでしまったテーブルと全く同じものを持ってきては交換していった。
 いつの間にか騒動が起きる前と同じ状態になっていた。変わったところは人が戻ってきていないところだけだ。
 いったい何なのだ、この人達は。冷静な気持ちを取り戻してきた小島がそう思った途端にルイスよりも更に一回り大きい人が現れ、ルイスよりも高い位置から拳を突き落した。
 ルイスの頭からはプシュウと湯気でも出ているかのように見える。
 
 ルイス 「痛いです。痛い」
 マスター「いつまでも来ないと思ったら、こんな所にいたのか」
 ルイス 「来なかったのはマスター達でしょう」

 何も言わずにマスターと呼ばれた大大男はルイスにビンタを張る。
 
 ルイス 「な、何すかぁ」
 マスター「調子に乗るな、馬鹿者」
 ルイス 「だってここ集合でしょう」

 今度は先ほどとは違う頬を打った。たぶん、彼なりの優しさなのではないかと信じたいところ。見たところマスターという人はルイスの上司のようである。

 小島  「あ、あの」
 マスター「改札から右だ。ここは真反対の方角だろう」
 ルイス 「そんな、北口改札から右に来たらここに―――」
 マスター「全く、カメレオンも集合しないし、バラバラもいいところだな」
 ルイス 「え、この人がカメレオン―――」

 マスターという人は人の話をまるで聞かないようだ。小島の言おうとしたことにも、ルイスの勘違いにも見向きもしない。

 マスター「なぜこんなことになった?お前が何かやらかしたんだな」
 ルイス 「そんな、それは言いがかりですよ。むしろ役に立ったんですよ。ね?」
 小島  「いや、あまり覚えてなくて」
 ルイス 「何だって!?じゃあ、あの、あの…あれ」
 
 ルイスはここにきて初めて慌てていた。たぶん、気を詰めなくていいという環境からくる余裕なんだろう。
 
 ルイス 「顔の傷の人がいない」

 そこにはアメの姿はすでになかった。まるで初めからいなかったかのように。

 マスター「何を難逃れしようとしているんだ?」
 ルイス 「いや、あの、そういうことではなか」
 マスター「なぜ九州弁なんだ!怪しいぞ」
 
 小島は二人のやり取りになんとなく現実感を取り戻した。彼らのような特殊な職業であっても和やかなムードというものはあるのか、と。

 魚田  「おお、小島じゃないか。なんでここにいるんだ」
 小島  「え。魚田さん。鼻は大丈夫ですか?」
 魚田  「鼻?何のことだよ」
 小島  「記憶がないのはこっちとしては儲けものなんですけど、それはそれで心配しちゃうんですけど」
 魚田  「今の今までロッカーに閉じ込められてたんだぜ?」
 小島  「魚田さん…」
 魚田  「頭をたたかれても恐らく記憶は変わらないぞ」
 小島  「いや、故障かな、って」
 魚田  「発想がアナログだな。叩いて直そうなんて」
 小島  「どういうことですか」
 魚田  「もう実現しないかもな。消しゴムの使い道グータン」
 小島  「…。初めから企画として成り立っていませんよ」
 ルイス 「今回のことについては一切の他言無用です」
 
 先ほどよりも頬を膨らませたルイスに魚田は驚き、小島もまた驚いた。
 マスターというあの上司にやられたのであろう。本来の力をもってすれば頬を膨らませるのではすまないはずで、ということはマスターの手加減と思いやりがその赤く染まった頬から感じられる気がした。あくまで、気がした。
 
 マスター「申し訳ない。こんなことに巻き込んで。今回においてはあなた方を巻き込んでしまったのはこちらに落ち度があるようだから、このまま帰します。ただ、漏らしてはいけません。絶対にいけません」
 小島  「(自分から巻き込まれに行ったらどうなるんだろう。想像もしたくない)」
 
 そのまま引き上げていった彼ら。いったいどこに帰り、それからどこに向かうのだろうか。気になりはしたが、さっきのマスターの言葉が浮かび、想像をやめた。
 

 ルイス 「マスター」
 マスター「ん?」
 ルイス 「消しゴムの使い道ってなんですかね」
 マスター「何だ急に。故障かな?」
 ルイス 「なんで頭叩くんですか」
 マスター「リペアーだ、馬鹿」
 ルイス 「で、マスターはなんだと思いますか」
 マスター「消しゴムの使い道なんて一つしかないだろう」
 ルイス 「消すこと、ですか」
 マスター「…お前がそこ先越しちゃうと、俺の発想が恐ろしく陳腐なものになっちゃうじゃん」
 ルイス 「陳腐ではありますよね」
 
 ゴッ。

 ルイス 「痛いですよ」
 マスター「そんなお前はなんだよ」
 ルイス 「僕も消すことです」
 マスター「…ハッ」
 ルイス 「でも、それには消すものが必要でしょう。そこまで想像するのです」
 マスター「…なんだか深いこと言いそうな雰囲気が悔しいぞ」
 ルイス 「僕の場合、失敗を消すことです」
 マスター「今日の集合できなかったこととか?」
 ルイス 「ええ」

 ゴッ、ゴッ。

 ルイス 「何で」
 マスター「こんな時くらいいいこと言ってくれ、情けなく思う」
 ルイス 「ちょっと、マスター。待ってくださいよ」

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