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小学生とアンニュイ⑪

  • 2012/06/30 01:00
  • Category: 物語
 キーンコーンカーンコーン。
 五時のチャイムの後に、昨日からなり始めた声を聞く。
 「五時です。あなたの元に時報と共にお知らせします。電波に乗ってアンニュイが伝播しました。どうか今日こそは勇者が来てくれることを祈っています。」
 ペットボトルに水を汲んでいる最中、遮る音のない世界でひときわ大きくチャイムが鳴った。
 「この人さ、まあ誰だか知らないけど。もしかして勇者とか言ってる?」
 「もしかしなくても言ってるよ」
 「何だろううね。自傷癖でもあるのかね」
 「石野は小学生らしい言葉づかいを習ってみれば」
 ペットボトルいっぱいに水を入れ、キャップでふたをするとどちらからともなく少し高い縁石に腰かけた。
 「こういうところ座るのは小学生のステイタスか?」
 「かもね」
 「投げやりだな」
 左ひじを左の太ももに乗せ、その上に顔を乗せて石野は頬杖をつく。
 平塚は子供っぽい発想と分かっていても、気になっていた質問を石野にしてみた。一蹴されるだろうと分かっていても、聞かずにはいられなかった。男の子だから。
 「この世界で動いてるってことはさ、もしかして俺らが勇者なのかも」
 「かもね」
 「な、なんだよ。つれないな」
 とか言いつつ、一蹴しなかった石野に調子を狂わされた気分だった。悪い意味ではなく。
 「勇者かもしれないし、もしかしたら因果的な運命を背負わされているかもしれないけど」
 「うん」
 「別に俺は今の世界嫌いじゃないし」
 「無責任だな」
 「面倒くさいよ。いつかその気になったら、その電波塔に出向いてやるかってな具合の意識しかないね」
 「ああ、石野は勇者向きじゃあないね」
 「投げやりなんだろ、俺は」
 「何だかなぁ」
 「お前はどうなんだよ。お前も動けているんだ、勇者なんじゃないか?」
 片方の口角を釣り上げて石野は視線を向ける。
 「……。面倒くさいな」
 「だろう」
 結局二人とも勇者の器ではないということだった。
 声を出して二人で笑う。
 「行くか」
 そう声をかけたのは日も暮れかけ、淡く暗い月が見え始めたころだった。
 それまでの間は馬鹿みたいな、とっても下らない話をしたが、もしかしたら記憶に残るのは、こういった生産性のないようなことなのかもしれない。
 石野が先に立ち上がり、平塚に手を差し伸べる。
 「カモン」
 本当は英国紳士なのかもしれない。初めて石野の優しさに気付いた。
 平塚はその手を強く握りしめ、支えられながら視線を高くする。
 今では公園で一夜を明かすということが至極当然のことのように思える。何とも不思議なことに使命感さえ感じている。
 勇者なんかにはなれない。なれないけども、彼らにも彼らなりの使命というものがある。小さくても、比べられない使命がある。
 湧水と富士の天然水を持ち、公園へと向かう。が、平塚がふと何かに気付き、声にする。
 「俺らは今日ダイエットでもするのか?」
 「どうした平塚。育ちざかりがそんなことするわけ無いだろう」
 狂ったか、という眼差しを寄越す石野に平塚は勝利を感じる。
 「水しか持っていかないのはそういうことにならないか?」
 「ああ」
 納得したようだ。こんな単純なことにきづかなかったのか、フフ。と余裕を感じていたが、石野はそんなに甘くなかった。
 「そんなもんコンビニにでも行けばいいじゃないか」
 阿呆なのかお前は、という具合にアイコンタクトで知らせてくる。
 その目配せで何かが分かり合えるというのは素晴らしいことだと思うが、そんなことは伝えてくれるな、と平塚は思った。
 「ま、いいや」
 公園の入り口の石版を確認する。
 白いガムテープで『区立』と書かれ、後に続く公園の名前は暗く、夜だと見えにくい。まるで、区立であることを誇っているかのようだ。
 石野はそれを真正面から据えることはなくとも、横目でしかと見届けた。『区立』でいいではないか。わざわざ私立に行く必要なんてないさ。
 公園に入り、ベンチに腰を下ろす。
 石野は靴を脱ぎ、ベンチの上であぐらをかく。
 平塚は頬杖をつき、眠そうな顔をする。
 ここから見る風景もいつもと違う。
 喧噪はない。犬の吠え声もない。車の排気音も聞こえない。
 人影はない。人工的な光もない。因みに時計台も見えない。
 月明かりだけが彼らの視界を支える。
 二人の座るベンチの両隣には同じ形のベンチが二つずつ置いてある。上を見上げればうんていのように間隔をあけた鉄の棒が交差していて、それに絡みつくように腕ほどの太さの木が屋根を作っている。
 「これは雨が降ったら、何ていうか、駄目だよな」
 「お前はもっとこう、ロマンを持とうぜ」
 自然な屋根であり人為的なその屋根は、相反している分ロマンを感じさせるのかもしれない。しかし、隙間が空いているのは確かで、雨が降った場合はずぶ濡れだろうことも確かである。
 しかし、隙間があるから、そこから覗く月もよく見える。石野はそれを見つめ、物憂げに眼を細める。
 「ロマン的なことでも言ってやろうか」
 「ロマンチックって言え」
 「平塚、月って大事だな。今はそれが一段と感じられる」
 「そうだな」
 近くにあるものほど、そしてそれが大きいほど存在に気付けないのかもしれない。
 二人とも前を見る。
 丘のようになった斜面には草原が広がり、それを風が揺らす。様子はそんなにうかがえないが、音が知らせてくれる。
 底まで見えない海のように、暗く壮大な景色。
 アンニュイを溜め込んだ人間でも、それは幻想的な気持ちにさせるのだろう。
 平塚は駄々をこね、というよりも駄々をこねない人の方が少ないと思うが、今日を過ごした。しかし、今になって振り返ると、悪い一日ではなかったように思える。
 風が木々を揺らし、二人の頬を撫でた。
 「ここに住むって発想はよく分からないな」
 「そうか。俺はよく分かるよ」
 「そりゃあ当人だからな」
 「逃げたかったのさ」
 「どこから」
 「閉じ込められたかのような、あの家。あの部屋からさ」
 「そうか」
 不思議だな、と石野は思う。
 いつもはこんなことを人に話そうとは考えもつかないのに、今このアンニュイが散布されている状態で伝えたくなるなんて。
 夜には魔物がいるのかもしれない。
 「聞いてくれるか?俺の鬱憤」
 「まあ、暇だしな」
 そうして語り始めた石野は満足そうな表情を浮かべていた。
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小学生とアンニュイ⑩

  • 2012/06/30 00:59
  • Category: 物語
 「まあ待て。話は最後まで聞こうか。平塚はそういうところがあるぞ。我慢が足りない」
 「お前がもったいぶり過ぎなんだよ。自分の非も認めてみようか、ね」
 石野は無視する。平塚は知っていた。
 「実際何も考えちゃいなかったけど、案はある」
 「今考え付いたのか」
 「そうだな。今までそんな発想がなかったよ。ついてきてくれるか?」
 石野からこんなにはっきりと誘われたのは初めてかもしれない。少しばかり嬉しく思ったが、平塚は嫌な予感がしていた。今の今まで無理やりだったのに、急に丁寧になるというのは、何か特別なことがあるのだろう。平塚はその特別なことを不吉なことだと決めつけた。
 しかし、その予感は外れる。
 「俺の家はすぐそこだ。行こうか」
 石野が指差したのは本当にすぐそこであり、近所では有名な大きい家だった。
 「ここ、石野の家だったのか」
 表札にはローマ字で石野と刻まれている。
 こんなに近かったのに、石野の頭には本当に平塚を家に招くという発想がなかった。
 鉄の門扉を開け、庭に入る。慣れた手つきでポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込みひねる。そこで扉を開けるかと思いきや、石野はその場にしゃがみ込んだ。
 「何やってんだよ、入ろうぜ」
 「うん。入れるもんなら入ってみろ」
 こんなところでも挑発するのか、と思っていると石野は扉の下にもついていた鍵を開けていただけだった。平塚はそれに気が付き、ちょっと恥ずかしくなった。自分の家、はたまた今まで訪れたことのある家は全て鍵穴一つであった。
 石野は立ち上がり扉を開ける。いかにも重たそうな顔つきをしたのは、ただ扉の重さに顔をしかめただけではなさそうであった。
 平塚を手招きすることもなく、石野は玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替える。平塚は入っていいのか悩んだが、玄関までは勝手に入ることにした。おじゃまします、声に出しかけた瞬間、石野は振り返り悩んでいるような様子で頭を掻きはじめた。
 「よく分からないけど、礼儀的にはいらっしゃいとか言うべきなのかな」
 「いや、そこまで固くならんくても、上がって、くらいでいいんじゃないか」
 「そうか。じゃあ、上がって」
 少し不思議な会話を経て、平塚は石野邸に足を踏み入れた。
 そそくさと奥に進んでいく石野を尻目に、平塚は内装に見入っていた。
 すごい。一言でいうならそれだけだが、平塚は多少の違和感を感じていた。しかし、それが何なのかは見当もつかない。かなり感覚的で抽象的なもの。しかし、絶対的に思わせる何かがある。
 石野の背中についていくように、上と下に伸びた階段といくつもの扉を無視して長い廊下を歩いた。その先には広いリビングがあり、大きなテレビが平塚を驚かせた。
 「でかいな、石野。このテレビでかいぞ」
 興奮した様子の平塚に石野は「今は映らないけどな」と釘を刺しておいた。
 「それにしても石野」
 「うん」
 「片付いてるな」
 平塚は気付かなかったが、この部屋には生活感がまるでない。この部屋だけでなく、ほとんどがそうである。違うのは石野の部屋くらいのものだろう。
 「別にいいことじゃないよ」
 ペットボトルを選別しながら乾いた調子で石野は言う。
 「いやいや、汚らしいってのより断然いいぞ。俺の家なんてめっちゃ汚いからね。恥ずかしくて仕方ないよ」
 「俺も、恥ずかしくて仕方ない」
 「恥ずかしがることはないだろう」
 石野はカッと熱くなるのを感じた。なぜ今日に限ってこんなにも感情が強くなるのだろうか。しかし、表に出さず逆に冷静な調子で石野は言う。
 「この部屋、あまり使ってないんだよ」
 言霊となって石野の内面が現れてしまったのか、平塚は圧倒された様子で石野を見つめていた。
 「今この家には三人しかいない」
 「それは、お前と母と父ってことか?」
 「違う。俺とお前と母だ」
 親父は、と聞く気にはなれなかった。しかし、石野は勝手に言い始める。
 「お父さんは単身赴任だか何だかで東京にはいない。お母さんは毎夜仕事で帰ってくるのが遅い。お金を貯めて何をするのかね、あの二人は。自由な時間もろくにないのにお金が必要かね。まあでもそのおかげで俺は楽してるけどね」
 最後の一文は軽口だった。本心を言うのは難しい。
 「じゃあ、お前は一人で過ごしているのか」この広い家の中で。
 「さっきも言っただろ。家庭教師はベビーシッター代わりって。毎日違う先生が来て面白いよ。なんか、大事なことを俺は教わっているらしいしね」
 親は言う。今が大事な時期だ、と。
 本当にそうだと思う。親とは違う意味で。
 平塚は固まっている。何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。どちらにしろ動かないので、石野は適当なペットボトルを選び、水道水でゆすぐ。その工程をゆっくりやっても、平塚は動き出さなかった。
 「行くぞ」そう声をかけようと思った矢先、平塚は口を開いた。
 「分からん」
 ハッ、と鼻で笑ったわけでも、小馬鹿にしたわけでもなく石野は笑った。
 「分からないね、難しい」
 「分からないのが正解だよ。一生分からない方がいい」こんな気持ち。
 「うん、そう言ってもらえると嬉しいよ。けど一つだけいいかな」
 何を話すのだろう。
 「うん」
 「この家にある飲み物持っていけばいいんじゃないかな。わざわざ湧水汲まなくてもさ」
 そう言うと平塚は冷蔵庫を勝手に開け、中から富士の天然水を取り出す。
 「こっちの方が美味しいぞ、多分」
 「じゃあそれも」
 文句をたれる平塚に先に出るよう言い、一人残った石野はコップにコーラを入れ、それをわざわざおぼんに乗せて運び始める。何かは分からないが、何かしら見たことのあるような真似をしながら「おまたせしました」と言ってみる。
 高級なカーペットを歩くとき、わざと転んで見せた。
 カーペットはビショビショになった。それでいて匂いはそうそうとれないだろう。何せアンニュイが解けるまでは誰も掃除しないのだから。
 こんな下らない演技をしてみせた自分と、今までそうしてこなかった自分を比べ石野は笑った。
 カーペットはここに染みがあるよ、と叫んでいる。同じように石野も叫んでいる。
 意思表示。そんなこともしてこなかったのか。
 自分というものを持っている。いつまでも赤ん坊ではない、自我を持ってしまうのだ。それが嫌なら子供なんて産むな。産んでしまったなら責任を持て。
 そういった意思表示をしたつもりだが、もしかしたら伝わらないかもしれない。そのときは、しかと聞かせてやろう。
 「私立なんて嫌いだね。悲しい顔しても無駄だ!」
 聞こえていないだろう、二階の自室で倒れこむように眠っている母には。
 声にならない笑みをたたえて、初めて笑いながら家を出た。
 平塚には気付かれないよう、いってきますと小声で語りかける。

小学生とアンニュイ⑨

  • 2012/06/26 23:32
  • Category: 物語
 「やってやろうぜ」
 石野は不敵な笑みを浮かべる。
 少し大人っぽく見えて、平塚は敗北感のようなものを感じた。
 「今はそんなこと言っても、恰好よくないけどな」
 僻みにも似た言葉を、そう自覚しながらも平塚は口にする。
 「……。じゃあ、どんな状況なら格好いいかな」
 「そうだな。絶対に勝てない敵に立ち向かうとき、とか」
 勝てない敵。それは何だろう。親、かな。
 「ガキだな、発想が」
 「んな」
 「とりあえず、彫るぞ」
 喚きかけた平塚を制し、二人は彫刻刀を使い石版を彫り始めた。
 といっても白い傷がつくだけで、彫るという動詞には程遠い結果となった。
 「無理だよ。絶対に無理」
 「お、じゃあ絶対に勝てない敵、か。格好いいな、俺」
 「馬鹿野郎」
 「まあまあ。こうなることは大体予想がついていたでしょうよ。何のために児童館に行ったのさ」
 「いやいや、彫刻刀を取りに、でしょ」
 何を考えているんだとでも言うように石野は顔を歪める。そのことが平塚を不安にさせる。どうしてこいつは狙いを全て言わないのだ、見破れなかった自分に対し大きな劣等感を感じる。
 「ガムテープと」そこでポケットに入れておいた油性ペンを取り出す。「このペンを取りに、でしょ」
 そう言ってサラサラとガムテープに『区立』と書いて石版の『都立』の部分の上から貼り付ける。
 「さあ、次は湧水かな」
 「なあ、俺はいらないのかな」
 「大丈夫だよ。桃太郎のキジもおそらくそんなに役に立ってなかっただろうし」
 「大丈夫とかそういう問題じゃないだろう」
 そうボヤきながらも平塚は石野の後ろについていく。
 湧水の場所まで行くには少々時間がかかる。時間がかかるといっても児童館への道と比べてのことであって、実際のところ十五分ほどで着くのだが、平塚にとっては長い道のりに思えた。
 車が通ること、それが日常であるということを再認識させられる。こうして普通に歩くことと同じように、車が走り去って、間髪入れずに次の車が流れる。
 しかし、石野にとってこうして友人と歩くこと自体が非日常であり、最もしていたかったことなのだ。それを知っているのは本人以外にいないだろう。どんなに身近に生活をしていようが、関わろうとしないと何も生まれない。
 歩いていくと犬が地面に犬が突っ伏している。いかにも五月病という風だ。
 「犬にもこの現象は起こるんだな」
 ピクリとも動かない犬を横目に石野は声を出す。
 「ここの犬はいつもこんなもんだよ。そろそろ寿命じゃないかとか噂されてる」
 「そうか」
 しばらく歩くと、今度は目の前に見えた家の屋根の一部が黄色く塗られている。「宇宙人襲来」と書かれている。
 「あそこの家の屋根、面白いな」
 「ああ、UFО研究科らしいぞ。それにしてもおかしいよな」
 そうか。石野が興味を抱くようなことについては、皆は既に話し合い、結論まで達しているのか。置いてきぼりをくらったような、先を越されたような気分を味わう。
 らしくないな、と石野は思う。
 いつもそんなことは感じないのに、今日は違う。教室で話がかみ合わなくても、何も思わないのに、今日は特別悲しくなる。何がそうさせるのか、戸惑いを感じずにはいられなかった。
 特に何も起こらず、湧水にたどり着く。
 「今思ったんだけどさ」
 「うん」
 「この水をどうやって持っていくの?」
 ペットボトルを持ってきているわけでも、器を持ってきてるわけでもない。
 「そんなことも分からないのか」
 ここでも石野は何か策があるのだろう。自分に打ち明けないのはさておき、平塚はその策に期待した。いったいどうするのか。
 「これだから駄目だよ、平塚は」
 うるせえな、というのは閉まっておいた。そう言ってしまうと長引くだろうことを知っていたから。黙ってそのまま次の言葉を待った。
 「どうしよう」
 お笑い芸人のように平塚はこけて見せた。わざと、ではなく天然で本気のこけ方だった。
 「ふざけるなよ、今まで無駄なところで知恵を使いやがって。ここが一番重要だろう。肝だろう」
 それでも、平塚はホッとしていた。石野も後のことばかり考えているわけじゃないと分かって、少なからず親近感を感じた。

小学生とアンニュイ⑧

  • 2012/06/20 13:40
  • Category: 物語
 「平塚、無駄な時間だった。そろそろ本題に戻るぞ」
 「無駄って、お前。ふざけんなよ」
 石野はそそくさと立ち上がり、片づけもせずに本に手を伸ばす。
 「おい、お前も片づけ手伝えよ。大変なんだよ」
 「片づけをしないのも小学生のステイタスだ」
 「……」
 自分の頭には合わなかったとでも言うように欠伸を一つしてから本を戻し、石野は図書室を後にした。
 「ステイタス。……それはそうだな」
 平塚は納得をして石野の後を追った。少し悪い子になって。
 「彫刻刀ってどこにあると思う?」
 「それは工作室だろう」
 「工作室は選択肢に入っていない」
 「何でだよ」
 「そんなことばっかりだと人生つまらないぜ、平塚。自ら制限していくのも遊びの一つだ」
 普段どんな遊びをしているのかを垣間見た気がした。ずいぶんと寂しい光景が浮かぶ。
 「工作室でなきゃあ、ムラの机じゃないかな」
 「ムラ?」
 「ああそうか。ムラっていうのはここの職員の一人でね。主に工作室にいる人なんだ」
 「何か、反則臭いな。その手段は」
 平塚はそのまま先ほどの職員室に足を運び、手前の机の引き出しをあけた。煩雑とした机の中身にまみれて、彫刻刀が置いてあった。
 「あったぞ、石野」
 嬉しさを隠すこともなく平塚が振り返ると、石野はどうでもよさそうに棚にもたれかかり、腕を組んでいる。
 「というより、机に彫刻刀入れてる大人ってどうよ?」
 「自分の思い通りにいかなかったからって、そういう逃げ方はダメだぞ」
 「いやいや、考えてもみろよ。彫刻刀で何をするっていうんだ」
 「彫刻刀としての用途を全うするだけだよ、馬鹿野郎」
 一向に話は進まないので、平塚は石野の背中を押し、外に出ようとする。しかし途中で石野は「まて、これが必要になるかも」と言って机の上に投げ出されていた白いガムテープを手に取り、児童の名前を書く紙の隣に置かれていた油性ペンをポケットに入れた。
 外に出て、来た道を戻るように歩き出す。
 「どうしてこんな下らないことしようと思ったんだよ」
 歩いていて会話が途切れたので、平塚はそう質問した。別に身のある話が聞けるとは思っていなかった。
 「……はあ」
 ため息をついて石野は肩を落とす。
 「お前は何か俺の勘に触るようなことを言う気だろうこの後に」
 「平塚はどうして聞くことしかできないんだろう」
 「予想通りの答えだよ」
 石野は人差し指でガムテープを回し、口笛を吹き始めた。メロディは平塚も聞いたこともあるような有名なクラシック音楽だった。吹き終えると石野は一拍おいて話し始める。
 「この曲知ってるか?」
 「ああ。有名な、なぁ」
 「別にこの曲が好きなわけじゃないんだけどな。ある日気まぐれでこの作曲家を調べてみたんだ。そうしたら、俺と同じ誕生日でな。そんだけで親近感が湧いて、よく聞くようになった」
 ガムテープを人差し指から外し、宙に投げてはキャッチし始めた。
 「親が好きでな、その作曲家。反骨精神だけで、正直俺はこの作曲家を嫌いになっていた。だけど些細なことで嫌いじゃなくなった。今回もそうなればいいなってことでやるんだ」
 正直に言って、平塚はよく分からなかった。反骨精神という言葉もそうだし、その言葉を理解していたとしても内容は分からなかった。
 「都立から区立にすることが、それにつながるのか」
 「好きになれればいいんだけどな」
 時々こんな表情をする。何かをせがむ子供のような。石野は子供であるのだが、それよりもっと年の低い子供がせがむような表情。
 何があったのか、平塚はほとんど知らない。だけど、友人のこんな表情を見るのは胸が苦しくなる。笑いと普通と、表情なんて二つだけでもいいのに、といかにも子供じみた考えを本気で思う。
 石野は他のことを考えていた。
 親が薦めた私立の中学校のこと。自分が進むと決めた区立の中学校のこと。
 親は「お金のことくらい面倒みさせて」と言い、石野は「お金のことだけだろう」と笑ってみせた。
 石版の前にたどり着き、石野は感情的になる自分を必死で抑える。
 「石野」
 隣の平塚は声をかけてきた。
 「よく分からないけど、彫るか」
 彫れるかよ。そのくらい石野にも分かっていたが、今はそんな阿呆が嬉しいし、愛おしい。

小学生とアンニュイ⑦

  • 2012/06/19 09:59
  • Category: 物語
 入ってすぐのところに入ってきた児童の名前を書く紙が何枚も重ねて置いてある。一番上の紙を覗いてみても日付は二か月以上前のもので、形式的で無意味な慣習を思わせる。
 名前を書く紙が置いてある場所からはガラス窓越しに、児童館で働いている職員たちのデスクが見える。いつもは石野や平塚と変わらないような子供たちと職員たちが何やら意味の無いような会話ややりとりを繰り広げているが、今日は誰もいない。無意味に思えたあの光景も全くそうではなかったのかもしれないと思い直す。
 石野は窓からデスクを眺めてから「ここは何をする場所なんだ?」と平塚に問う。
 石野から質問をしてくるなんて珍しいと思い、平塚はそのままを口にする。
 「知らないのか。石野だって何度かここに来たことあるだろうに。まあ、いわば職員室だよ。囲碁とか将棋とか、リバーシとかが置いてあるな。それと放送とかもここでするんじゃなかったっけ」
 「ふうん」
 平塚はそんな風に寂しげな表情を浮かべる石野の真意を測りかねた。
 この近辺で遊ぶとなれば、公園か友達の家か児童館か、と相場で決まっている。だから小学生は一度くらいここに来たことはあるし、様々な勝手も知っているはず。平塚はそう思い込んでいた。
 「もしかして、来たことないの?」
 「正解」
 五年に進級したときに石野と平塚は初めて同じクラスになり、お互いを知った。
 平塚は石野が、自分と同じようなスクールライフを送っていたと思い込んでいたようだ。現在石野が家庭教師や勉強に追われ、遊ぶ暇が全くないというのに。それはすごく残酷なような気がした。
 「す、すまん」
 平塚の言葉を聞いてか聞かずか、石野はその部屋に入っていった。後を追うように平塚も部屋に入るが、一番気になったのは石野の表情だった。背中しか見えず、もどかしく思った。
 入ってすぐの棚を上から下まで見極め、石野は一つのゲームを取り出した。
 「これ、やろうか」
 人生ゲームを片手に、石野は笑っていた。
 「長くなるぞ」
 「それもまたいいじゃないか。どうせ暇だろうよ」
 本当に前に進まず、道草ばかり。
 「まあいけどね」
 石野の笑顔を見たら、先ほどの罪悪感は消えていた。だから、平塚は道草を許したのかもしれない。
 場所を移して、児童館の奥にある図書室に人生ゲームを持って行った。唯一椅子のある部屋であり、さほど広くはないが狭くもない。
 「へえ、図書室なんてのもあるのね」
 石野が児童館について関心するたびに平塚はドキリとする。
 当の石野は何でもないように人生ゲームを広げ「どうすんの?」と尋ねる。
 「知らないのか」
 「知らないって、そんなわけないだろう」
 おそらく石野は見栄を張った。続けて口にする。
 「あれだろう、偉人の人生を追憶していくゲームだろう」
 「違うよ。というかそれはゲームじゃないだろう」
 平塚の話を丸きり無視し「今日は誰かな。レノンかな。ヨーコかな」などと石野は楽しげに呟く。
 ほとほとあきれ果て、平塚は背もたれに身を預けた。
 「俺さ、あんまり遊んだことないんだよね」
 不意を衝いて石野が喋る。
 「……そうか」
 出来うる限り無表情を作りながら、何の気ない雰囲気で平塚はそれだけ言った。
 「勉強なんてしたくない」
 「……俺も」
 平塚の言葉は少し遅れてしまう。彼なりに考えて発言しているということ。
 「家庭教師なんてのはベビーシッターみたいなものさ。親の都合だよ」
 小学生の平塚には、経験もしていないことに深く同情することなんてできなかった。もちろん石野もそうだろう。
 「親は私立に行けってさ。俺は反発して無理やり区立にしたけどね。こんな人生にそれなりに辟易しているさ。だからこそゲームでくらいはいい思いしたいね」
 「じゃあ、やろうか」
 その後、石野は散々文句を言った。ゲーム自体についての文句が八割を占めており、平塚は「俺に言うなよ。会社に問え」という珍しいフレーズの突っ込みを七回ほど口にした。
 終わったのはどちらかが上がったのではなく、単純に飽きたからだった。
 「飽きたよ」
 「俺に言うなよ。会社に問え」
 「その突っ込みはおかしいだろう」
 「あ?ああ、ちょっと疲れてな」
 二人とも疲れていた。人生ゲームは長い上にお金の処理とか色々と面倒な点が多い。あと、小学生にはよく分からないコマが多い。
 ゲームを終えて、というよりも中断して外に目をやると、日が傾きかけていた。

小学生とアンニュイ⑥

  • 2012/06/16 00:09
  • Category: 物語
「せーの」の掛け声とともに、石野は鉢植えを思いっきり振りかぶって投げ、ようとしたが、間一髪のところで平塚がそれを止めた。
 「な、何をやってんの?あんたは」
 「いや、ガラスを割るのも小学生のステイタスかなって」
 臆面もなくそう口にする石野に、平塚は疑いの目しか向けられなかった。
 「普通に開くかもしれないでしょうが」
 頭の中にはクエスチョンマークが浮かんでいます、というような丁寧な表情をした後に石野は、持っていた鉢植えを平塚に渡した。
 急に渡された平塚はその意外なまでの重さにうろたえた。
 「お前はよくこんなものを投げようと思ったな」
 そう言い切る前に石野はそうっと手のひらで平塚の心臓辺りに触れる。その優しい手つきに一瞬気を許し、力を抜いたのがいけなかった。
 石野はそのまま強く平塚を押し、彼の思惑通りに平塚は後ろに倒れた。
 平塚の背中は一瞬何かに触れ、立ち直りかけたが何かは後退してしまい、結局は地面に倒れこむ形になってしまった。
 「痛いよ、何するんだ」
 平塚がそう言った場所は室内になっていた。
 「あれ?」
 「鍵はかかっていなかったみたいだね」
 石野も平塚のもとに歩みを進め、隣にくると手を差し伸べる。
 立てよ、とでも言うような顔つきでいるが、平塚は悟った。
 こいつは英国紳士でもなければ、日本人でもない。人知を超えた悪魔だ。
 石野の手を払いのけ、平塚は自身の力だけで立った。
 「鍵がかかっていたらどうしてたんだよ。俺はガラスと共に血まみれでここに横たわっていたぞ」
 「いやいや、そんなことにはならないって分かってたし」
 割れずに残った鉢植えは、辺りに土をまき散らししなびた球根をさらけ出した。
 石野は土をかき集め、鉢植えに戻しながら口にする。
 「今はアンニュイが流れてるんだ。それでいて人間は皆、自身の休まる場所まで歩いて帰ったそうだ」
 「それは知ってるよ。親父もおかんも帰ってきたからな。あんま動かないけど」
 しなびた球根のあるべき場所はどこなのか迷って、それでも石野は鉢植えに戻した。
 「そうだね、動かないんだ。なのに家までは帰ってきたってのは効率的に身を休めようと思ったからなんだろう、きっと」
 「そうなの、かもな」
 平塚は一瞬間考え、妥当な意見だと石野に賛同した。
 「ここにも職員はいたんだ。しかし帰った。いつもは戸締りをしっかりしても、病的なまでに効率的に体を休めたいやつがわざわざ鍵をかけてから出てくかね。しかもここの鍵は少し厄介な構造になっている」
 そう言われて平塚は扉の鍵の部分を確かめてみる。
 鍵は複雑な形をしており、平塚はどこをどうすればどうなるのか、つまりは意味が分からなかった。平塚が眉根をひそめて鍵に見入っている間、石野は話を続ける。
 「さっき言っただろう。大丈夫だよ。こんなときだからなおさら。って」
 してやられたという感じが強まり、平塚はなぜか敗北感を味わっていた。
 石野は初めからこの結末を予期して話を進めていたのか。石野が行動する前に扉を注意深く見つめていたのはこういう訳があったのか、と少し納得もした。が。
 「ということは石野。お前は鍵開くと知っていながら鉢植えを投げようとしたんだな」
 「だからぁ、言ったでしょう。ガラスを割るのは小学生のステイタスだって」
 「そんなわけあるか。第一、セコム入ってるんだぞ、この児童館は」
 平塚が思いのままを口にすると、不思議な沈黙が降り立った。
 表情を固め、何を思っているのか全く読めない石野はやがて軽い調子に言った。
 「気づかなかったよ」
 いや、もうそれは一番最初に気づくことでしょう。扉には大きくセコムって貼ってあるんだから。
 平塚は石野を馬鹿と認定して、今後そんなに甘い考えで動いてはならないと厳重に注意した。
 「まあ、気を取り直して。ね」
 立ち直りの早さに呆気にとられ、それでも石野の後を追って平塚は奥に進んだ。
 こんな仕打ちを受けてもまだついていくのは、平塚がマゾヒストであったということではなく、二人の間の心地よい関係にあるようだった。
 馬が合う。
 そんな言葉がピタリとはまるのかもしれない。

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劇団群狼×劇団すかんぽ

Author:劇団群狼×劇団すかんぽ
日本大学法学部「劇団群狼」と大妻女子大学「劇団すかんぽ」の公式ブログです。
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