獅子の故郷⑥

  • 2013/07/31 22:49
  • Category: 物語
「で、結局面白いことって何だったんだよ」
壁越しに佐竹が聞いてくる。
「どうせまた、くだらないことだろう。頼むからそのくだらんに人を巻き込むなよ」
興味がないかのように寛治が付け足す。いや、本当に興味がないのだろう。
右側の壁から佐竹の、左の壁からは寛治のあくびが聞こえてくる。
「人ってのは他人と書いてひとと読む方な」
個々に四方を囲まれた状況の中、真ん中の部屋にいる勝は「お前らを巻き込むつもりはないよ」などとうなだれてみる。
「どっちにせよ誰かを巻き込むんだろ?」
ギクッ。
勝は自覚している。自分が行動することで周りに迷惑がかかるということを。だから少々厄介なのだ。
前に寛治から言われたことがある。
「迷惑かかるって知ってるならやらなければいいじゃないか」
確か中学の頃だ。どんな悪戯も童心にかまけと行えた小学生を過ぎ、大人となろうとしている頃合いに、呆れた寛治に言われたのだ。寛治は小学生の時も悪戯を阿呆らしいと言っていたのだが。
しかし、そうは思ってもやめられないのだ。こんなように答えたのではなかったか。
すると「なら止められるだろう」
「止めたい。が、その先に何か有るはずだと思ってしまうのだ。必ず有益なことがあるはず。これはもうほぼ病気で、欲を満たすと俺の中の善が主張し始めて困惑させるのだ」
「そうか、お前も悩んでいるのだな」
しばしの沈黙を過ぎ、視線を合わせることなく寛治はそう言った。
その後は覚えていない。そのまま沈黙で時間が過ぎたか、話が切り替わったかだろう。
その日の夜、固い決意のもと、やりたいことをやらずにでっかく書き記す、ということをしたのだが勝はそのことを忘れている。
その証拠に、目の前に書き記されている、その我慢が目に入っていない。
カラカラカラ。
右側からそんな音が聞こえてくる。
「くさっ」
勝は正直だ。
「なんだよ、トイレなんだから当たり前だろう」
ジャー。
「言い訳はいいよ」
その声とともに寛治は隣の部屋を出ている。
「早いな、お前は」
そうしてトイレットペーパーに伸ばした手を、ピクッと止めた。
勝の視線の先にはデカデカと文字が書いてある。
モンドセレクション、取る。
その下の方に、無理だろ。
その下には簡単だろ。
いつの間にか輪が出来上がっていた。
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獅子の故郷⑤

  • 2013/07/25 09:50
  • Category: 物語
そう言えばこんな感じだったなあ。思い出してみれば物語の冒頭は簡単なもので、それでいてその容易さが悲しくもある。
あの日々が脳の中で整理され、今や小学生なのかさえ定かではない具合だ。
「遅いな」
何度も腕時計を確認するが、何一つ現れやしない。風がボーっと吹き抜けて、地下から地上を臨んでいる。それ以外に物は動かない。
そうか、あの頃の駅との違いがあった、などと納得する。
「虫も鼠もいないんだな」
だから寂しいのか、と続けるはずが、それこそ寂しいので止しておいた。
ボー。
もう来ないのだろう。勝手にそう結論づけて、トイレに行く。
したくもないのに、便器に腰掛けたのはいつも列をなしているからなのか。今日はドアが開け放たれている。その稀少感が勝のズボンを脱がせたのだ。
といっても出ない。出ない物は出ない。
シャーっと水だけが音を成す。
拭く必要もないか、とそのままズボンをはこうとして勝は動きを止めた。
「そう言えば」
目の前の落書き。
視線の先にはトイレによくある落書きがしてあった。
またもや勝の記憶は蘇る。

獅子の故郷④

  • 2013/07/17 15:04
  • Category: 物語
 あれだけうろちょろとしていれば誰だって気づくものだ。そう言われれば勝はそんなにうろちょろしていないさ、と反論するもので。何言ってるのだ、二時間もだぞ。勝はそうして何も言えなくなるのです。
 母の対処の末、病院に運ばれた父親を何もできずに見送った勝は、その足を次の日に病院へと運んだ。この躊躇は、自分への苛みと親父への照れくささと、とにかく色々なものがない交ぜになったものであり、その日のうちに行けなかったのはある種仕方のなかったことであると自身に言い聞かせた。
 「心配か?」
 親父はそうやって当たり前のことを聞いてくる。そら心配さ、そう言えなくするのは大きすぎる照れという壁であって、勝は「そんなわけないだろう」と唇をとがらせるのが精いっぱいであった。

獅子の故郷③

  • 2013/07/10 22:07
  • Category: 物語
ドアを開け、ズイと足を踏み入れ、要件を一言でズバッと吐き出す。自宅を目指す炎天下の中、そんな馬鹿みたいな想像を繰り返しながら勝は汗も忘れて走っていた。この想像は何か大事なものをはらんでいる。そんな、いつも思っていることを今回も信じている。そしてそれはいつも裏切られている。
ドアを開け、ズイと足を踏み入れ、要件を一言でズバッと吐き出す。
要件をブツブツと呟きながら走る様は、もはや餓鬼のようである。そしてもちろん勝は餓鬼ではない。対極に位置していると言って過言ではない。
そんなこんなで自宅についた。買ってもらったオモチャを、出来うる限り早く開けて遊びたいというような童心ギラギラに玄関を開ける。
小走りに階段を駆け上がり、親父のいる部屋の前で立ち止まる。
ドアを開け、ズイと足を踏み入れ、要件を一言でズバッと吐き出す。
再度確認して、いざドアを開ける。
そして、一言。
「俺はこの漬け物屋で」
要件をズバッと一言で。
こんな時、私はとても俗な反応をしてしまうのだ。いつもは楽しいようなことばかり考えているくせに、こんな時はとっても陳腐なのだ。
だから私は言いかけた要件を中断して「親父っ」などと慌ててみせるのだ。
陳腐なら陳腐でしっかりとやってみたいものだ。しかし、私はあたふたと母親が騒ぎに気づくまで喚いているだけなのだ。
こうしてこの物語は始まっていく。
母親がドアを開け、倒れている親父に適切な処置を施し、救急車を呼ぶ。その間に私を宥めて、母は強かった。
いつも偉そうにふんぞり返った態度をとる自分より、よっぽど偉い。
勝は急に、自分の弱さ、ダサさに気づかされる。
いつの間にか車輪が回りだし、勝たちの激動は加速していくのです。

獅子の故郷②

  • 2013/07/05 12:01
  • Category: 物語
夏の暑さに負けない。冬に思い、大抵その通りにはならない。少し早い蝉の鳴き声に張り合うように「暑い!」と言ってのける。
うちわをパタパタ、扇風機からくる風も勝の首もとを優しくなでる。
「思ったんだけどさ、暑い空気を仰いでも暑い風しか生まれないよな。だったら今の俺の労力はただただ無駄な熱量を生んでいるだけなんじゃないか」
勝の言葉に誰も反応しようとしない。エアコンと同じように節電しているのであろう。
「…エアコンつけるか」
「ダメ!」
急に節電を解除した佐竹がガバッと起き上がる。「だいたい、ここは俺んちだぞ」などとつまらないことを呟き、また節電に入る。
「お前はそうやって扇風機の前を一人で陣取っているじゃないか」
寛治もつまらないことを言い出した。
地元の幼なじみのオッサンたちが、こうして佐竹の家に集まっていることに特別な理由はない。ただ暇だから、これに限る。
「このフローリングに体の面積をできるだけ預けてみろ。無機物の冷たさが暑さをしのぐ」
ボーっとしだした勝に寛治が言う。寛治はスイッチが入り始めたようだ。
「…何か、面白いことないかなぁ」
ぼそりと勝が声に出す。だがしかし、それには誰も反応しない。寛治もまたもやスイッチをオフにしてしまったようだ。この沈黙は佐竹、寛治の故意による。
なぜなら、今まで勝がそう口に出し、ろくなことが起きなかったからだ。三十にもなって問題を起こすのは御免なので、二人は無視を決め込んだ。
「そうだ、何かしよう」
悪魔の声を寝たふりで乗り切ろうとする佐竹。暑い暑いとブツブツ呟き聞かない寛治。
「よし、行ってくる」
そう、勝の考えは多くの場合面白いことをだいぶ前から考えている。そして、意味の分からないタイミングでそれを出す。
今回もそうだったようで、考えの中に佐竹と寛治の協力は必要なかったようだ。ホッと胸をなでおろす。
勝は扇風機を切って外に飛び出した。
「オイ。わざわざ切るなよ」
佐竹の声が聞こえないようなところで、勝は飛び跳ねた。

獅子の故郷①

  • 2013/07/03 09:33
  • Category: 物語
ベンチに腰掛け、待つこと1時間。いくら定期範囲内といえど、そのままに改札を通り抜けることはできないだろう。夜行列車に乗ってやって来るであろう獅子を待ちながら、勝は思った。
久しぶりの再会といえど、それを祝うことなど絶対しない。そんな温かいのか冷たいのか分からないような親父が、今日、この駅に降り立つはずであった。そして今まさに勝は親父を待っている。
「遅いな、携帯くらい持っていてくれよな」
かかってくるはずのない携帯電話を握りしめ、一つぼやく。挑戦と言わんばかりにもう一度、今度はホームに語りかけるかのようにぼやく。おそらくぼやきの範疇を超えるボリュームであっただろう。
辺りは静まり返っている。泣きも笑いもしない。酔いどれが喧嘩することもない。車掌もいなければ、駅係員もいない。無機質な改札が何を言うでもなく目を光らせているだけ。
お前は30分以上経ったな、と勝を責めているようだ。だから勝は今、改札階ではなく地下のホームにいる。
「電車よ、来い」
 魔神を呼ぶように電車を呼んでみる。
終電とはこんなに早いものだったのか、と何度も時刻表を見る。
来ない電車、来るはずもない電車。
勝はその違いを理解していなかった。
アンニュイが電波されたその日、それが本日であることを。
呑気にもこの何も現れない状況は故郷の最寄り駅に似ているなどと思っている。
そして、あの頃を思い出し、時間を忘れてあの頃に戻ってゆくのである。

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