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獅子の故郷③

  • 2013/07/10 22:07
  • Category: 物語
ドアを開け、ズイと足を踏み入れ、要件を一言でズバッと吐き出す。自宅を目指す炎天下の中、そんな馬鹿みたいな想像を繰り返しながら勝は汗も忘れて走っていた。この想像は何か大事なものをはらんでいる。そんな、いつも思っていることを今回も信じている。そしてそれはいつも裏切られている。
ドアを開け、ズイと足を踏み入れ、要件を一言でズバッと吐き出す。
要件をブツブツと呟きながら走る様は、もはや餓鬼のようである。そしてもちろん勝は餓鬼ではない。対極に位置していると言って過言ではない。
そんなこんなで自宅についた。買ってもらったオモチャを、出来うる限り早く開けて遊びたいというような童心ギラギラに玄関を開ける。
小走りに階段を駆け上がり、親父のいる部屋の前で立ち止まる。
ドアを開け、ズイと足を踏み入れ、要件を一言でズバッと吐き出す。
再度確認して、いざドアを開ける。
そして、一言。
「俺はこの漬け物屋で」
要件をズバッと一言で。
こんな時、私はとても俗な反応をしてしまうのだ。いつもは楽しいようなことばかり考えているくせに、こんな時はとっても陳腐なのだ。
だから私は言いかけた要件を中断して「親父っ」などと慌ててみせるのだ。
陳腐なら陳腐でしっかりとやってみたいものだ。しかし、私はあたふたと母親が騒ぎに気づくまで喚いているだけなのだ。
こうしてこの物語は始まっていく。
母親がドアを開け、倒れている親父に適切な処置を施し、救急車を呼ぶ。その間に私を宥めて、母は強かった。
いつも偉そうにふんぞり返った態度をとる自分より、よっぽど偉い。
勝は急に、自分の弱さ、ダサさに気づかされる。
いつの間にか車輪が回りだし、勝たちの激動は加速していくのです。

獅子の故郷②

  • 2013/07/05 12:01
  • Category: 物語
夏の暑さに負けない。冬に思い、大抵その通りにはならない。少し早い蝉の鳴き声に張り合うように「暑い!」と言ってのける。
うちわをパタパタ、扇風機からくる風も勝の首もとを優しくなでる。
「思ったんだけどさ、暑い空気を仰いでも暑い風しか生まれないよな。だったら今の俺の労力はただただ無駄な熱量を生んでいるだけなんじゃないか」
勝の言葉に誰も反応しようとしない。エアコンと同じように節電しているのであろう。
「…エアコンつけるか」
「ダメ!」
急に節電を解除した佐竹がガバッと起き上がる。「だいたい、ここは俺んちだぞ」などとつまらないことを呟き、また節電に入る。
「お前はそうやって扇風機の前を一人で陣取っているじゃないか」
寛治もつまらないことを言い出した。
地元の幼なじみのオッサンたちが、こうして佐竹の家に集まっていることに特別な理由はない。ただ暇だから、これに限る。
「このフローリングに体の面積をできるだけ預けてみろ。無機物の冷たさが暑さをしのぐ」
ボーっとしだした勝に寛治が言う。寛治はスイッチが入り始めたようだ。
「…何か、面白いことないかなぁ」
ぼそりと勝が声に出す。だがしかし、それには誰も反応しない。寛治もまたもやスイッチをオフにしてしまったようだ。この沈黙は佐竹、寛治の故意による。
なぜなら、今まで勝がそう口に出し、ろくなことが起きなかったからだ。三十にもなって問題を起こすのは御免なので、二人は無視を決め込んだ。
「そうだ、何かしよう」
悪魔の声を寝たふりで乗り切ろうとする佐竹。暑い暑いとブツブツ呟き聞かない寛治。
「よし、行ってくる」
そう、勝の考えは多くの場合面白いことをだいぶ前から考えている。そして、意味の分からないタイミングでそれを出す。
今回もそうだったようで、考えの中に佐竹と寛治の協力は必要なかったようだ。ホッと胸をなでおろす。
勝は扇風機を切って外に飛び出した。
「オイ。わざわざ切るなよ」
佐竹の声が聞こえないようなところで、勝は飛び跳ねた。

獅子の故郷①

  • 2013/07/03 09:33
  • Category: 物語
ベンチに腰掛け、待つこと1時間。いくら定期範囲内といえど、そのままに改札を通り抜けることはできないだろう。夜行列車に乗ってやって来るであろう獅子を待ちながら、勝は思った。
久しぶりの再会といえど、それを祝うことなど絶対しない。そんな温かいのか冷たいのか分からないような親父が、今日、この駅に降り立つはずであった。そして今まさに勝は親父を待っている。
「遅いな、携帯くらい持っていてくれよな」
かかってくるはずのない携帯電話を握りしめ、一つぼやく。挑戦と言わんばかりにもう一度、今度はホームに語りかけるかのようにぼやく。おそらくぼやきの範疇を超えるボリュームであっただろう。
辺りは静まり返っている。泣きも笑いもしない。酔いどれが喧嘩することもない。車掌もいなければ、駅係員もいない。無機質な改札が何を言うでもなく目を光らせているだけ。
お前は30分以上経ったな、と勝を責めているようだ。だから勝は今、改札階ではなく地下のホームにいる。
「電車よ、来い」
 魔神を呼ぶように電車を呼んでみる。
終電とはこんなに早いものだったのか、と何度も時刻表を見る。
来ない電車、来るはずもない電車。
勝はその違いを理解していなかった。
アンニュイが電波されたその日、それが本日であることを。
呑気にもこの何も現れない状況は故郷の最寄り駅に似ているなどと思っている。
そして、あの頃を思い出し、時間を忘れてあの頃に戻ってゆくのである。

旅するアンニュイ⑮

  • 2013/02/07 22:24
  • Category: 物語
 水島は散々迷った挙句、バスに乗り込んでいた。
 今日は他人との繋がりに飢えていた自分の本心を知れた。
 多くの人と話したい。接していたい。
 その願いもすぐには叶わないだろう。少なくともゆりかもめがこの田舎町に停車しているうちは。
 しかし、多分それは長くない、そんな予感を感じていた。少しの間なら、今一度人間の温かみを求めて、それの大切さに焦がれるのもいいような気もする。
 バスはある家の前に着いた。
 ライトを消して、鍵をひねる。それまで猛牛のように身体を震わせていた車体が静かになる。
 植物が何をそんなに締め付けているのか、と思わせるようなあの古い家屋。の、隣。
 そこが水島の家。
 生意気にもバスを家の前に停めている。
 「明日から仕事する意味もないのか」
 きらきら輝く夜空の星に向かって独り言を呟く。
 いい日であった。
 息子のような存在ができた。
 人の大切さを知った。
 それだけで大収穫だ、と水島はあくびをしてみる。
 ウェンザナイト。
夜が来て周りが暗くて月の光しか見えなくなっても、いいや僕は怖くない、そう怖くないのさ。
ただ君がそばにいてくれれば。
逆か。
辛くなったらまたここに来なさい。ただ、私がそばにいるから。
野暮なことは言わない方がよかったのだろうか。
水島もほくそえんでいた。

旅するアンニュイ⑭

  • 2013/02/07 22:23
  • Category: 物語
 白木は今またもや笑っている。
 「どんな生物にも生存理由ってのがあるみたいだよ」
 ナメクジにも蛙にもそれがあるらしいことを教えてもらえた。
 ここに降り立ったときとは逆に、白木は生きることに根強くなっていた。
 父親はこんなところにいたのだろうか。知らない。
 父親みたいな人に出会えた。血のつながり云々をとやかく言うつもりはない。父親に会えたといってもいいような気がする。
 白木は笑う。こんな暗闇の中、一人でニタニタ笑いを浮かべている人間は傍から見たら気味が悪いだろう。しかし、今日は誰も見ている人などいない。
 誰もいない虚空に大きな笑い声を聞かせてやった。

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